50年間で気温は4倍上昇、アラスカからクジラが姿を消す
2024年11月4日、アラスカ写真家の松本紀生氏を招き、「気候変動について知り、考える/アラスカ写真家 松本紀生さんフォトライブ」を北とぴあで開催しました。地球温暖化の影響により、アラスカの先住民族は住み慣れた土地を追われ、野生動物の数は減少の一途をたどっています。文明社会で生きている矛盾を抱えながらも、環境破壊を食い止めるためには、私たちが一人一人できることを実践し続けることが求められています。
1冊の本との出会いが「写真家」への第一歩に
愛媛県出身の写真家である松本氏。松本氏は、1年の約半分をアメリカの最北端に位置するアラスカで過ごしながら、約30年もの間、単独で動物やオーロラを撮影し続けてきました。
松本氏がアラスカで撮影を行うようになった初めのきっかけは、将来について悩んでいた際に本屋で見かけた写真家・星野道夫氏のエッセイ集「アラスカ 光と風」だったそうです。「僕が人生の中で大事にしているのは、『悔いのない人生を送ること』。写真家という肩書きを持つことが目標だったわけではなく、星野道夫氏のように好きなものを撮って生活の生業にする、それを実現するまでの道のりを経験することこそが僕の目的でした」と松本氏は当時を振り返り話しました。
このようなきっかけを経て、松本氏はアラスカのアラスカ大学に入学し、アラスカの歴史や環境、先住民族などを学ぶアラスカ学を専攻。写真は独学で学んだといいます。
ヒグマとの距離はわずか数メートル
アラスカは、日本が4つ入るほどの国土面積を持つアメリカで一番大きい州です。また、ニューヨーク州が1平方マイルに2万9千人の人口密度なのに対し、アラスカ州の人口密度は1平方マイルに1人と人口密度が低く、手つかずの自然が残る州でもあります。
アラスカへのアクセスは飛行機のみで、松本氏が向かう撮影スポットには滑走路はなく、人は一人もいません。その地に降り立った瞬間から全くの一人の生活が始まります。アラスカには日本と同じく四季があり、松本氏は、夏は無人島でキャンプをし、冬は雪でかまくらをつくり、一番寒いときにはマイナス50度にもなる環境下で生活します。豊かな自然が残るアラスカでは、考えられないほどの近さで様々な動物に出会えるそうです。
松本氏が撮影した映像の中には、カメラを握る松本氏の目の前を大きなヒグマが通り過ぎる様子がありました。松本氏とヒグマの距離は、松本氏が手を伸ばせば、触れられるくらいの距離です。アラスカのクマは自ら人に近づくことはまれで、手を叩いたり、声を出すなどすれば一定の距離を保ってくれるのだと松本氏は説明します。
このほかにも、鳴き真似をする松本氏に近づいてくるオオカミや、松本氏に押し寄せる何万匹もの野生のトナカイであるカリブー、松本氏のゴムボートを囲うシャチの群れ、群れで狩りを行うザトウクジラなど、松本氏は楽しそうにこれまでに出会ってきた動物たちを紹介していました。
矛盾に満ちたアラスカ
一方で、アラスカは地球温暖化の影響を大きく受けてきた土地でもあります。ネイチャー誌によると、過去50年間で気温は4倍も上昇したといいます。この気温上昇は、50年前に撮影された氷河が跡形もなく消えるほど、氷河を溶かし続けています。
島の周りが氷で覆われていたアラスカ州の村キバリナでは、島を覆う氷が溶けてしまったことで、嵐になると荒れた海が村を浸食し、家の倒壊や洪水を引き起こし、先住民族は住み慣れた土地を離れる選択を迫られています。
これまで太陽の熱を反射していた氷河がなくなったことで、海水温も上昇しています。近年、海面水温が平年よりかなり高い状態が一定期間続く海洋熱波が顕著になっており、これまで見られてきたクジラは餌となるプランクトンの減少により一時期の間姿を消し、アザラシの身体は通常より小さくなりました。アラスカに多く生息していたサケは禁漁になる種も現れるほどに数が激減。
陸上の生物も地球温暖化の影響を受け続けており、2003年時点で49万頭もいたカリブーの数は、2023年時点で15万頭にまで減少しています。
このように地球温暖化の影響を大きく受けるアラスカ州ですが、財政の85%が石油産業で成り立っているという矛盾も抱えています。アラスカで生まれ育ち、サケの研究を通して地球温暖化について調査を行ってきたアラスカ大学のエリック・シェーン準教授は、 ビデオメッセージの中で、「私も皆さんと同様に車や飛行機に乗ります。これらの文明をすべて手放すことは難しいことです。環境問題に取り組む政治家に票を投じたり、環境に配慮した車を選択することなど、それぞれが今できることに関心を持って、実践し続けることがやはり重要だと思います」と語りました。
子どもたちの感動をなくさないために
最後に、松本氏は様々な小学校で講演をした際の子どもたちの反応を上映しました。様々な動物や風景を写した写真を見せる度に、子どもたちからは「わー」という驚嘆の声が上がり、体育館内に響き渡っている様子が流れます。
松本氏は、「子どもたちは綺麗なものを見て、あんな風に声を出せるんですよね。このような子どもたちの感動を将来も与え続けていきたいと思うんです」と悲しげに、また力強く語ります。「子どもたちが綺麗だなと思う自然を残してあげたいと思いませんか。そのためには、やはり僕たち大人が諦めずにできることから始めていくしか今はないのだと思います。これからも皆さんに少しでもいいから自然を守ることに関心をもって、行動を続けてほしいと思います」と松本氏は締めくくりました。
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